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東京高等裁判所 昭和38年(ラ)248号 決定

抗告人 黒川長松

相手方 神奈川フオーム資材株式会社

主文

本件抗告を棄却する。

理由

本件抗告の理由は別紙に記すとおりである。

案ずるに、債権者本件抗告人、債務者本件相手方の東京高等裁判所昭和三十八年(ウ)第一一三号仮処分申請事件において同裁判所が発した仮処分は、一、債務者(本件相手方)は係争建物部分につき債権者(本件抗告人)が昭和三十八年三月末日まで行う地下防水工事及びそのための昇降階段設置工事に関する補修工事を妨害してはならない。二、債務者(本件相手方)は前記の工事現場に立入つてはならない。三、債権者(本件抗告人)の委任する横浜地方裁判所執行吏は本決定の趣旨に適当な処置をしなければならない旨の決定であることは記録中の疎第八号によつて明かである。

すなわち右仮処分は債務者(本件相手方)に対し、妨害禁止、立入禁止の不作為を命じたものに他ならない。しかして仮処分決定主文三は右債務者の不作為義務を履行せしめるため執行吏に対し適当な処置を執るべく命じているものと解されるが具体的に如何なる処置をとるべきかについては右決定自体から明示的には勿論、默示的にもこれを読み取ることは出来ない。しかし執行吏は法律の定めるところに従つて裁判の命ずるところを忠実に執行する職務を有するのみであつて、その裁判を実現するためたとえ適当な処置と思われるものであつても法律に定められた以外の行為を自己の裁量によつて自由になし得るものではない。執行吏としては本件の如き不作為を命じた裁判の執行の為め適当な処置を執るべく委任されても、如何なる行為をなすべきかは裁判の内容として定められておらないのみならず又何ら拠るべき法規がないのであるから、裁判の送達をする以外には施策の途がないのである。従てかかる場合仮処分債権者においては執行不能を理由に更に具体的な仮処分を再び申請するか又は場合により民法第四一四条第三項により更に適当な具体的内容の裁判を得て、その執行を執行吏に委任するのが執るべき途といわねばならない。

工事の妨害禁止や物件への立入禁止等の不作為を命じた仮処分命令において、仮処分債権者の権利保全の必要として、執行吏をして右命令を公示せしむべき旨定め得るか否かについては争のあるところであるが、これを命じ得るとしても、本件仮処分決定は斯る観点に立ち且つ之を為すべきことを命じているか否かは竟に明らかでない。従つて債権者たる本件相手方は右公示を執行吏に委任してなすことはできないものといわざるを得ない。しかるに執行吏が敢て右公示を為したのは違法であつて、抗告人のこれに反する主張は採用できないところである。

又抗告人は本件の仮処分は、仮処分債権者(抗告人)において本件建物の地下防水工事のために必要とするところの、床の一部を毀した上昇降階段を設け得ることが第一前提であり、そのためには仮処分債権者において一定の占有場所を現実に特定しなければ仮処分執行の目的は達し得られないのであるから、右執行のための適当な方法として、執行吏が仮処分債務者(本件相手方)占有中の作業場の床板をはがし、同所にあつた債務者所有の商品を搬出したのは適法であると主張するけれども、前記のとおり本件仮処分決定は債務者に一定の不作為のみを命じたもので、他に右執行吏のなした如き具体的作為を命じる旨の条項はなく、執行吏に適当な処置を為すべく命じた条項の存することによつては執行吏に前記の如き具体的作為を為す権限が与えられたとなすことができないことは既に述べたところによつて明白である。

抗告人は、相手方の本件異議申立事由に対する答弁(記録四一丁表六行以下参照)において、抗告人の本件仮処分申請の趣旨にはその第二項として「申請人は右補修工事のための障害物を除去することができる」と記載したのであるが、裁判所の意見に従い右第二項を削除し前記第一乃至三項の仮処分条項を申請しその決定を得たもので、裁判所の意見は昇降階段設置工事の障害物除去権は当然前記第一項の趣旨に含まれているというにあつたと主張しているが、仮処分命令の趣旨はその主文を含めて当該命令の全体に表現せられたところに従つてこれを解釈しなければならないこと勿論であるところ、仮に仮処分決定を得るまでの事情として右の如き事実があつたとしても、本件仮処分決定自体から、抗告人主張の如き物件除去の行為を債務者に命じているものと認めることは到底できないところである。従つて抗告人の右主張も採用できない。

すなわち執行吏が本件仮処分の執行として公示をなし又商品及び一階床板の撤去をしたことは違法であるから、この執行処分を取消し、原状に復せしむべきものであり、同趣旨の原決定は相当である。よつて本件抗告を理由ないものとし主文のとおり決定する。

(裁判官 鈴木忠一 谷口茂栄 加藤隆司)

別紙 抗告の理由

一、原決定はその理由として「右仮処分決定のように、公示を命じてない不作為を命ずる(妨害禁止)(立入禁止)仮処分の執行については、該命令が送達されたとき直ちに効力が生じてその目的を達し、執行が完了するから」と前言し、

「公示書を掲示することは法律上全く無意味なるのみならず、仮処分の必要な範囲を逸脱した違法なものである」と解釈認定した。

二、しかし、不作為性を有する仮処分は、例えば、所有権に基く賃料取立禁止仮処分、代表取締役の業務執行停止の仮処分の如きものを言うのである。

右のものは不作為性を有し、仮処分決定正本の送達によつて目的を達する。

けだし、それだけで仮処分決定の本旨に従つた効力を生じているからであり且つ他に占有妨害とかの積極性を包含していないからである。

三、本件の仮処分は右のものと性質を異にしている。

四、即ち、本件の仮処分は、地下防水工事のための必要な床の一部を毀した上の昇降階段を先づ設けることが、第一前提であり、そのため仮処分債権者が執行するための一定の占有場所を現実に特定しなければ執行の目的は達しない。

この執行方法を債務者は固より第三者に対しても明確にし、範囲を図表するため当然公示をする必要が生じる。

「執行吏は右命令にそう相当な処置をせよ」と表現されたことは、右の理由で執行吏の職務権限を公示を含めて認めたものと解すべきであり、そして前記昇降階段、設置工事のために、便宜的に存する絶対的に必要でない床板を執行の範囲に属する部分と、その上に存する物と共に取除くことは執行の趣旨を達するための適法行為である。

少くとも此の方法をとらなければ、前記東京高等裁判所昭和三八年(ウ)第一一三号不動産仮処分命令にそう、執行は結局不可能となることは明らかである。

五、よつて、木村執行吏が抗告人の委任によつてなした執行は前記命令の本旨に従つてなしたものであり、仮処分決定の趣旨の範囲内に於てなしたものであるから前記執行方法は適法である。

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